過去への扉
過去への扉
無錫の古き良き面影を感じるなら、「都市の屋外博物館」と称される惠山古鎮への旅をお勧めいたします。
中国の先進的な高速鉄道は、時速350キロで無錫郊外を駆け抜けます。車窓に映る整然とした住宅群やガラス張りのビル群が、まるで風景の一部として一斉に芽吹いているかのように感じられます。市中心部に近づくと、高さ300メートルを超える高層ビルが点在し、無錫のスカイラインが一層際立ちます。
中国の基準では比較的小規模な都市とされる無錫は、約600万人が暮らす江蘇省東部の工業都市です。京杭大運河沿いという戦略的な立地と、上海・蘇州に近い地の利により、古くから繁栄を遂げてきました。現在では、無錫は急成長する太陽光テクノロジー産業の中心地であり、南京と上海を結ぶ重要な高速鉄道路線の停車駅でもあります。無錫から上海および南京までは約45分、列車は10分間隔で発着しています。
このような近代化が進む一方で、無錫が古代都市であることを忘れてはなりません。無錫の歴史は新石器時代、約4,000年前にまで遡ります。6世紀に建設された大運河が市内を貫くことで、無錫は産業、商業、文化の要地としての地位を築いてきました。
市中心部から西へ車で約10分の距離に位置する惠山古鎮は、無錫の魅力を今に伝える歴史的景観です。惠山と錫山という二つの山のふもとにあり、伝統的な風水において理想的な要素が揃う場所とされています。この地が古代の人々に選ばれた理由も納得できるでしょう。街を見下ろす丘の上には、八角形の龍光塔(高さ32メートル)が佇み、無錫旧市街の象徴として静かに佇んでいます。
1平方キロメートルという小さな地域ながら、庭園や寺院、情緒ある小道が点在し、訪れる人々を魅了します。また、歴史上の人物や祖先を祀るために築かれた118の祠堂があり、80種類以上の中国姓がこの地に集っています。そのため、特に国内の旅行者にとっては敬意を表す巡礼の地ともなっています。
古鎮の入口には梅の花や蓮の池が美しい大きな公園が広がり、地域の人々の憩いの場として愛されています。東屋では女性たちが民謡を口ずさみ、年配の男性が凧を揚げ、若いカップルが白鳥型のペダルボートを操っています。森に覆われた山肌を上る昔ながらのケーブルカーは半開放式のキャビンで、乗るには少々勇気が必要かもしれません。
古鎮の石畳の広場に足を踏み入れた瞬間、まるで時空を超えたかのような感覚に包まれます。白く風化した壁と黒瓦の飛檐屋根が取り囲む空間では、にぎわう中国人観光客の姿も、まるで明代の住民たちが街頭芸を見物しているかのように思えてきます。広場の正面には、二層構造の壮麗な「古鎮舞台」がそびえ立ち、その景観は訪れる者を魅了してやみません。
広場の向かいにあるアーチ型の門をくぐると、錫恵公園で最も美しい庭園の世界が広がります。その優雅さは、近隣の蘇州庭園にも匹敵するほどです。特に見逃せないのが、明代に築かれた「寄暢園」です。園内には石垣に囲まれた大きな池が広がり、ジグザグに延びる橋や、龍の彫刻が施された精緻な東屋の屋根が点在しています。岩を彫って造られたトンネル状の洞窟や蛇行する渓谷など、探検心をくすぐる景観が続きます。
清の乾隆帝はこの庭園の美しさに魅了され、北京の頤和園に同じ設計で模倣した庭園を築かせたと伝えられています。
寄暢園の洗練された美しさから、さらに高低差のある幻想的な庭園へと足を進めると、「二泉映月」で知られる「天下第二泉」や「二泉亭」にたどり着きます。ここでは、湧き水が可愛らしい小川や岩組み、池を静かに流れ、石の龍の口から勢いよく噴き出しています。その音色は、まるで自然が奏でる音楽のようです。
唐代(618~907年)の茶の大家・陸羽は、かつてこの泉を「中国で二番目にお茶に適した名水」と称えました(第一位は江西省廬山の泉)。この評価により、歴代の皇帝や詩人、そして茶人たちがこの泉を訪れ、その感動を庭園の壁に詩として刻み残しました。
日差しが差し込む数々の石窟を巡ると、地元の方が太極拳を練習している姿に出会うこともあるでしょう。散策の途中には、風情ある東屋の茶館で一息つき、恵山の茶を味わってみるのもおすすめです。
その隣には、波打つ龍の動きをかたどった塀で仕切られた「恵山寺」があります。創建から1,500年を超える無錫最古の寺院であり、静かに立ちのぼる香の煙と僧侶の読経が、幽玄な雰囲気を演出しています。
アーチ型の門をくぐって広場に戻ると、白塗りの伝統家屋や祖堂が立ち並ぶ石畳の路地が四方に延びています。彫刻が施された木製の屏風の奥には、隠れ家的な魅力が広がります。例えば、「先鋒書店」は、洗練された雰囲気の小さな書店で、カフェが併設されており、静かなひとときを過ごすのに最適です。また、色鮮やかな恵山泥人形を販売する工芸職人の工房も点在しており、訪れる価値があります。
恵山古鎮を流れる運河沿いには、こぢんまりとした趣のあるバーが軒を連ね、やがて世界遺産にも登録された京杭大運河へと合流します。
無錫の味覚を堪能したい方には、広場近くにある「老蔡館」がおすすめです。赤い提灯が吊るされた伝統家屋にあり、精緻な彫刻が施された窓と、中庭を望む個室が用意されています。ぜひお試しいただきたいのは、無錫名物のスペアリブ。生姜、八角、丁子、黒胡椒を効かせ、醤油と黄酒でとろけるように煮込まれた逸品です。
観光情報
アクセス方法
恵山古鎮(Huishan Old Town)
無錫市の西側に位置し、無錫駅からはタクシーで約10〜15分、君楽皇府酒店(グランドパーク無錫)からはタクシーで約20分です。
入場料:全エリア共通チケット RMB70
先鋒書店(Xian Feng Bookstore)
住所:秀章街9号
電話:+86 510 8370 2691
築年数を感じさせる古民家に佇む、静かな中庭を備えたブックカフェ。希少な書籍や雑貨も取り揃えています。
老蔡館(Lao Cai Guan)
電話:+86 510 8358 1177
精緻な彫刻が施された窓と個室を備えた人気のレストラン。無錫の名物である甘みのある料理と、自家製の恵泉黄酒が味わえます。
Photo credits: BRAD WESTPHAL